'Life Science Information Net' produced by Hazuki Saisho 最相葉月  トップへ 目次へ

◆INDEX◆

質問の小部屋
過去の質問と回答

質問フォーム
LNET倫理委員会
アンケート
受精卵は誰のもの
本サイトの目標
更新記録
サポーターの宝箱
サポータープロフィール
情報掲示板
LNET図書室
イベントカレンダー
パブリック
コメントのすすめ

LNETニュース
資料庫
アーカイブ
オススメサイト
リンク集
トンデモ生命科学
サポーター書込
サポーター募集
スタッフ日記
スタッフプロフィール
最相葉月コラム
最相葉月の
なんでやねん日記


◆目次◆


Editor's Diary
最終更新日 2001-2003



文/ Life Science Information Net 編集長・長澤智子


2001.10.26

 HP立ち上げの話を初めて最相さんに聞いてから、ちょうど3ヵ月が経ちました。たくさんの方の協力を得て、なんとか今日の公開に至ることができ、ホッと胸をなでおろしています。 公開数日前になって、立て続けに受精卵に関するニュースが新聞のトップを飾ったのですが、どれも暗いニュースばかり。私もこのHPを編集しながら、皆様と共に生命科学について勉強していきたいと思っています。

 ちなみに本HPのアンケートに対する私の回答は、「夫を失った喪失感から周りが見えなくなり、夫の死後、間をおかずに凍結精子で子供を作ってしまうだろう」でした。今のところ。(N)


2001年11月21日(水)

 本HPも11月18日の日曜日に、なんとか落ち着くことができました。とはいえ、まだまだ不備な点も多いのですが、皆様にご迷惑をおかけするほどではない(と勝手に思った)ので、よしとしてしまいました。ですので、何かお気付きの点がございましたら、ご面倒をおかけしますが、お知らせくださると幸いです…。よろしくお願いします。

 それにしても…。ほとんど毎日送られてくる最相さんからの原稿と連絡に圧倒されっぱなしの1ヵ月でした! 焦れば焦るほどファイルはなくなるは、レイアウトの保存は忘れるは、これがLNET地獄というものなのか(私がただ慌て者なだけ)。もう、最相さんのパワーにただただ脱帽、ついていくのがやっとという感じで日々が過ぎていきました。新たな目標! 科学技術の進歩にあわせて受精卵HPを更新する! 頑張ります(で、できる限り…)。

 今回、HPの編集をやりはじめて気付いたのは、部屋に音楽が流れていないと私の “更新力” が沸いてこないということ。「さあ、今夜は更新だ!」 という日には、気合いを入れる意味もあって、会社帰りに大量のCDを借りたり買ったりしてます。

 ちなみに10月26日の徹夜作業時には、映画『キャラバン』のサントラ版が大活躍。チベットのお経をベースにした音楽でした。あの時はそういう気分だったんだろうなー(ってどんな気分だ!) 。そして今日は 「〜♪間違いはこの世の定めっ♪〜」 と、井上陽水シングル『この世の定め』が流れています。他にはGO!GO! 7188アルバム『魚たく』を購入しました。今日はそういう気分だったようです(ってどんな気分だ!)。 (N)


2001年12月27日(木)

 このホームページをはじめてから、会社の同僚や友人たちと受精卵周りの話をする機会が増えました。とはいっても、だいたいお酒が入っている時が多いので、どんどん身もフタもない話になっていくわけですが…。

 先日は精子バンクの話で盛り上がり、いったいどういう場合に利用するか、そしてその是非、また、幾らだったら自分の精子を提供するかなどという話まで進んだのですが、男性陣などは、100万ならやる! だとか、10万でもいい! などと言い出す始末。彼らは冗談めかしつつも、その表情は結構マジ…。

 次の日、夫婦二人で晩酌しながら、興味本位でダンナにも同じ質問をしてみました。いったい幾らなら精子バンクに提供する? すると、彼はこう言い放ちました。俺の精子は金では買えない。

  ごめんなさい。結局ダンナ自慢になってしまいました。たまにはいいよね。(N)


2002年1月31日(木)

 とうとう怖れていたことが…。

 このコーナーが『月刊編集ダイアリー』と化してしまいました。

 で、でも……、以前よりは更新回数が増えている(たぶん…)ということで、なにとぞご勘弁ください。

 日記といえば、私の友人が日記作家というものになりました。日記作家? もう少し解説をすると、本職の他に、「人気日記作家」という肩書きが増えたのです。

 ある出版社のサイトで、女性に日記を書いてもらってHP上で公開、3ヵ月もの間の毎日、それらの日記に人気投票があり、そこで上位に入賞すれば本に掲載されるという企画で約1500人の応募者の中から12位にランクイン。彼女は今でも他の日記のサイトで毎日欠かさず書き続け人気を維持、内容の面白さもさることながら毎日の積み重ねに脱帽です…。

 1月の私はというと、通勤電車の中では、うえさきひろこさんの『101個目のたまご』読んで泣き笑い、会社に着いたら着いたで、まずはその日記HPを立ち上げて泣き笑い。その感想はまた後日! えっ? に、日記のネタ切れ防止策なんかじゃないですよ!! 今日は皆様にお詫びをしたかっただけなので…。ほ、本当です!(N)


2002年4月11日(木)更新 (2002年2月某日執筆)

 「こ、こんなに怖いものだなんてーーーー、誰も教えてくれなかったじゃーん!」

 1月のある日の朝。冷え切った200キログラムの鉄の塊の上に跨っていた私は、あまりの恐怖に思わず涙がこぼれそうになっていた(こぼれてたかも)。

 猛烈な周囲の反対を、「私に翼をください」のひと言で押し切り、教習所へ申し込みに行ったのはお正月が明けてすぐのこと。入校前の簡単な確認作業では、受付のお姉さんにいきなり軍手を手渡され、駐車場に倒されているバイクを起こしてくるように命ぜられる。私は訳も分からず言われるままに駐車場に向かい、ニコニコしながらやってきた教官にコツを教わって、その通りにする。
「ふっ、ふうぅーーーーんっ! ふっうぅーーーーんっ!」
 ま、まずい……。「こんなド素人が一体何しにきたんだよ」と思われたんじゃなかろうか…。なんとか3回目には起こせたものの、これから起こりうるであろう自らの運命に恐れおののいた私は、「なんか、安易に考えてましたー」と、とっさに教官に向って愛想笑いをしてペコリと頭を下げていた。「まー、200キロですからねー。でも、慣れですからー」と、目の前の教官はニコニコ笑って言ってくれたが、この人のニコニコが、どんな時にも崩れない営業用のニコニコであったことは、教習が始まってから存分に思い知ることになる。

 それにしても、1時間に5回の転倒。転び方次第では200キロの鉄の塊の下敷き。怖いよーーー、怖いよーーー。ぐすん、ぐすん。だって、みんな、“危ない危ない”って言うだけで、いったい何がどう危ないのか教えてくれなったんだもーーーーん! 200キロがどういう重さで、私の性格がどうバイクに合わなくて、そして、バイクっていうものが右手と左手はおろか、足、それも両足を使って操作しなきゃいけないなんて、誰も教えてくれなかったんだもん…。もし、誰かがそれをキチンと教えてくれてたら、こんな怖い思いしないで済んだのにぃーーーー!! 

 あーやだやだ。自分の無知を棚に上げて、人のせいにする甘え根性とアホさ加減。それでもバイクに乗りたい一心で、来る日も来る日も「ふっうぅーーーーん!」とバイクを起こしている。

 昨年末から、人の死について考えさせれられる出来事に立て続けに襲われた私は、ずっと取りたいと思っていながら十数年も実現できなかったバイクの免許取得に踏み切った。とにかくやりたいことを片っ端から始めよう、と考えたらしい。

 命について考えさせられたにもかかわらず、命を落とす確率の高い乗り物に乗りたいなんて狂気の沙汰だ。しかし、今の私は他の何よりも欲望の方が勝ってしまっているようだ。

 でも、自分の責任の範囲内ですることなら(とはいえ責任なんて“ある程度”しか取れないものだけど)、まだなんとかなるだろう。だけどもしそれが、自分で責任の負えないような怖い事だったら? 欲望を抑えることができるのが人間なのか、人間だから欲望が恐怖を超えてしまうのか。

 バイクの免許なんかと一緒にすんなー! とあとから自分で突っ込んだけど、海より深い後悔の念にかられ、今にも泣き出しそうなブルーな気分で初めての教習を終えた私は、それでもバイクの免許が欲しいという、自分の欲望、そして人間の欲望について考えながら、路上教習の車がのろのろと走る道の脇を、とぼとぼと歩いて家路についたのでした。(つづく。……つづくのか?)


2002年6月11日(火)更新

 昨日の夜中、たまたまテレビを付けたら、NHKで 『エンデの遺言〜根源からお金を問う』という番組が放送されていた。途中からしか見られなかったのだが、また再放送があったら録画しよう! と思うくらい面白かった。

 なかでも興味深かったのは、今の経済の問題点が 「お金に寿命がない」 というところにあるという話。自然界のものはすべて始まりと終わりがあり、循環していくことで存在しつづけることができる。しかし、お金だけには終わりがなく、成長しつづけるということで流通しているという。ましてや、預ければ預けるほど根拠のない利子が増えていく。実はもうそこにはすでに大きなひずみが生じていて、経済に精通している人たちから警告が発せられていた。そして番組は、過去に、期間限定というか、時が経つにつれて少しずつ価値が減っていく地域通貨を作ることによって、お金が貯めこまれることなく流通し経済危機を乗り越えた町の話へと流れていった。

 エンデというのは児童文学、『モモ』を執筆したミヒャエル・エンデのことである。その『モモ』でエンデが表現した “時間どろぼう” というのは、この経済のひずみによって得をしているごくごく一部の人間のことだったようだ。物語のなかで、時間どろぼうは人間達に時間を貯蓄することを勧める。そしてその利子によって長生きができるということで、目の色を変えた人間達はこぞって自分の時間を貯めはじめるのだが、貯めることによって自分の時間がなくなっていき、生きることの根源までもが脅かされる、というお話らしい(読んでいなくてすみません)。実はエンデはこの物語で、お金というものに疑問を突きつけたかったようだ。

 始まりと終わりがあるから循環し世界が存在しつづけられる。

 普段から自分のことだけでせいいっぱいな私のことだ。もしこのHPに携わっていなければ、こんな当たり前の言葉にすら反応せずに、さらっと流してしまったに違いない。 「そうは言ったって、自分に関係する人たちにはどんなことをしてでも健康でいて欲しいし、ずっとずっと生きつづけて欲しいよ」と本音も出るし、「地球を救うより私を救って」、などと売れないお笑いタレントのネタのようなことを言っていたかもしれない。

 番組を見ていて、経済の破綻は地球の破滅より少しだけ早く訪れるような気がした。たぶん私が元気なうちにやってくる予感がする。まあ、だからかな? 私がちょっと真剣に考えられたのは。終わりがないものには必ずひずみが出てくるってことを。


2002年10月28日(月)更新

 年を取ることがこんなに楽しいことだったなんて思いもしなかったー!

 20代の頃の私は、雑誌やTVなどで文化人やタレントが 「年を取るのが楽しみ」なんて語っているのを耳にすると、 「何言ってんだ! 人間、若い方がいいに決まってんじゃん!」 と、何の疑いもなく反発していた。若さゆえの傲慢からか、そんな言葉は年寄りの開き直りくらいにしか思えなかったし、 「あんたら大人なんだからさ、もっとこう潔く『年を取ることは悲しいものよ』とかなんとか言えないのー? 私だったら絶対そういうことの言える、分別あるばばあになるね!」 なんて必ず悪態をついていた。

 それくらい私は、年を取ることが怖かったのだ。

 でも、今の私は年を重ねたことによって喜べることがある。それは酒の味が少しづつ分かるようになってきたことと、川上弘美の小説に心が揺さぶられること。彼女の作品のせつなさは、年齢を重ねていなくては感じられないものだと思う。あのせつなさに触れられただけでも、年をとった甲斐があったというものだ。

 と、夏が来る前に、「これは絶対日記に書いてやる!」と意気込んでいたのに、すっかり秋が訪れてしまいました。ちょうど、今年の春から夏にかけてむさぼるようにして読んだ川上弘美。新刊も読み終えてしまって、今は年を取った喜びを噛み締めることができずに悶々としております。

 一昨日の26日、LNETは1歳の誕生日を迎えました。去年の今ごろは、「アクセス数が100になったー!」 などと最相さんと喜び合っていたくらいなのに、今やアクセス数は34000、サポーターの方々もスタッフも増え、あの頃とは比べ物にならないくらいに成長しました。それでもHPを眺めながら、あーもしたいし、こーもできると、見上げればきりがないのですが…。

 今年もなんとか、少しずつでもLNETと自分の成長を楽しみながら、皆様と共に日々を重ねていければなあと考えております。本当に1年間、ありがとうございました。そして、今後ともLNETをどうぞよろしくお願いいたします。


2003年2月10日(火)更新

 うちの夫婦で楽しみにしている番組に、『はじめてのおつかい』 がある。毎回二人して、出てくる子供たちを、「ばかだね〜、こいつ」 と、大笑いしたり、大泣きしたりして見ているのだが、我々夫婦としては、子供を作る予定はなく、まー、たまに知り合いの子供にちょっかいを出して遊んでいる程度だ。

 そして先日、二人して、NHKスペシャル、『輝け、子供のいのち』と題された番組を見た。親の視点から子供を考える番組をよく見かけるが、これは子供が親を思う気持ちに焦点を当てていたところが興味深かった。

 離婚後、アルコール中毒になって身体を壊した父親を持つ女の子は、父親が入院した5歳のころから炊事、洗濯をこなし、テレビでも毎日父親のお見舞いに通っていた。普段は施設で暮らし、週一で家の掃除に出かける。洗い物など、流しに椅子をもっていって、そこに乗っかってやっている。それでも、退院した父親は居酒屋でインタビューを受ける始末。「酒はあかん!」と注意する娘に「いいから、酒こうてきて」と無理強いし、8歳の娘は、注意しながらも、飲みたいという父親の思いにも心を砕く。そんな中、母親からの「一緒に暮らそう」という手紙に複雑な表情を見せる女の子は、自分の思いを話さない。母親のところに行きたいけど、父親を置いていけない。最後には周囲の説得で、母親のもとで娘は暮らすようになったが、この1年間の取材中の女の子の喜怒哀楽の表情は忘れられない。

 夫が突然他界し、その寂しさからアルコールに溺れたフィリピン人の妻は、4人の子供の育児ができなくなり、全員が違う施設で過ごしている。その中の長男が16歳になったとき、彼が中心となって学校に通いながら家事をこなし、病気の母親の面倒を見て、兄弟たちを育て、最後には母親が立ち直り、全員が一つの屋根で暮らせるようになる。この男の子の思いがやっと母親に通じたのだ。

 妻が他界、自分と息子の二人きりになったことに耐え切れなくなった夫は、息子を施設に預けたまま数年を過ごす。自分は捨てられたと思っている息子は、その後くも膜下出血で体が不自由になり、息子との同居を希望している父親に複雑な思いを持っている。が、父との口数少ない対話の中に、父親が自分を捨てたことに後悔していたことを感じとり、同居を決意する。

 「誰でも親はうっとうしいと思うねんけど。でも、おらんようになるとしんどい」

 うちのダンナは物事を考える時に、情に流されることがなく、最初に理屈を優先させる。そのダンナが、この言葉を聞いて「せやな」とポツリとつぶやいた。珍しいー! なんて思いながら、「親が子供に向ける、無償の愛はなんとなく分かるけど、この子供の親への愛ってなんなんだろー」と尋ねたら、「子供は本来なら親の庇護の下に育てられるわけで、その親の愛を求めているだけでしょう。子供が子供のうちはいいけど、大人になった時、親の愛が必要なくなったときには、こうはいかないよね」と冷静な反応が返ってきてしまった。

 「どんな人間も誰かの身代わりなんかでこの世に生まれるべきではない。そんな期待をされても、本人にとってはいい迷惑であり、健全な成長にも百害あって一利なしだ」。これは山田真理さんの最新のコラムなかの一文。

 親の愛が必要な子供時代に、「自分が誰かの身代わりで生まれてきていた」なんて知ったら…。自分の成長に不可欠な親の愛が、「自分以外の誰かであること」という条件付きであったら…。

 「もしダンナが交通事故で死んだら、彼の身代わりとしての子供を欲しいと思うだろう」とLNETアンケートに答えた自分を思い出し、いくら精神的に不安定だからといういいわけがあったとしても、そんなことを考えた自分にゾッとしました。


2001-2003 長澤智子

Copyright (c) 2001-2003, Life Science information Net, All Rights Reserved.
本サイトの著作権は各筆者ならびに Life Science information Net に帰属します。無断転載はお断りします。
リンクはご自由にしていただいて結構ですが、別ウインドウを開く形で、別のサイトであると分かる形でのリンクをお願いします。
「受精卵は人か否か」 "Life Science Information Net" produced by Hazuki Saisho 最相葉月