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最相葉月コラム/この家族をあなたは愛せますか〜「We are family」展より
最終更新日 2004.01.24


最相葉月
産経新聞大阪版2004/1/14掲載


この家族をあなたは愛せますか〜「We are family」展より

◇奇跡的な存在

 東京・原美術館で開催されているオーストラリア在住のアーティスト、パトリシア・ピッチニーニの「We are family」展を見た。
 Tシャツ姿の二人の少年がビデオゲームに夢中になっている。素通りしかけたが、違和感を覚えて顔をのぞきこんでみた。額と目尻、首筋にくっきりと皺が刻まれ、皮膚には黄色いシミが浮き出ている。少年と思った二人はすでに老いていた。
 二人の向かいでは、少女が肉の塊を撫でたり抱きしめたりして可愛がっている。別の部屋では、ブタとも人ともいいがたい異様な動物の親子が寝そべっていた。
 何度も息を呑みながら、私は、ピッチニーニが記者会見で語った言葉を反芻していた。
「私はこの家族を心から愛しています。私にとって彼らはグロテスクであるより前に美しく、奇異であるというよりむしろ奇跡的な存在なのです。そして私は彼らのことを心から心配しています。なぜなら、彼らの存在に対して世界はあまりに大きな問題を抱えすぎているのですから」
 少年たちはクローン人間だ。老いているのは、クローンは染色体のテロメアと呼ばれる部分が通常より短く、寿命に影響するといわれているためである。少女が抱くのは、胚性幹細胞からつくられた肉塊。受精卵から採りだして培養すれば、さまざまな組織や臓器になるといわれる細胞だが、それらは目的の臓器になり損ねた失敗作のようだった。動物の親子はブタと人間の遺伝子を操作した結果だろう。合成樹脂と高度な造形技術が、そう遠くはない近未来をリアルに表現していた。

◇実験室の現実

 それにしても、愛してるだって? 
 生命科学技術の展開は、小説や漫画、映画、アートに大きなインスピレーションを与え続けている。なかでも、八十年代に解剖学の素描から出発したピッチニーニの表現方法は直截だ。数年前、再生医学のデモ用に作られた耳マウス(背中に人間の耳が生えている)をいち早く作品に採り入れたのも彼女で、その後もこの世に存在しない現実味のある動物を作り続けている。今回の作品も昨年のベヴェネチア・ビエンナーレで好評を博したという。
 折しも、日本では、総合科学技術会議生命倫理専門調査会が「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」と題する中間報告書を発表した。医学のために人の受精卵や卵子を使用することをどう考えるのか、その倫理問題を検討した文書である。日本は旧科学技術会議の頃から六年以上「ヒト胚」の議論を続けているが、いまだ結論は出ず、移植用組織を作るために人のクローン胚を作成することについては、異論を並べたまま収拾がつかぬ状況に陥っている。日本を代表する知識人が頭を突き合わせてもまとまらない。皮肉に聞こえるかもしれないが、これは深刻な事態である。それとも、そもそも結論などあるのか?
 そう遠くはない近未来といったのは、目の前にこうした現実が控えているためでもある。ただ、難解な専門用語をちりばめた文書よりも、たった一つのアートが鮮烈な説得力をもって訴えかけてくることを私は実感していた。
 しかし、現実は瞬く間に近未来を追い越す。会見終了後、私は、これはすでに実験室の現実ではないのかとピッチニーニに訊ねた。彼女は頷いた。そして、自然の生態系から生まれた動物ではないからといって、彼らを私たちの生態系に入れないのかと問いたいのだといった。
「私たちには彼らを愛する義務があるのです」

◇共感と希望と

 日本を代表するバラの育種家、故・鈴木省三の言葉を思い出す。従来の育種では不可能といわれていた青いバラが遺伝子操作によって実現するかもしれないといわれた頃。初対面の日に鈴木は「青いバラができたとして、あなたはそれを美しいと思いますか」といった。この言葉が契機となり、私は『青いバラ』という本を書いた。古来、花も木も動物も、人との関わりの中で共に進化してきた。鈴木やピッチニーニの問いには、是か否かで割り切れない、短絡的に答えられない時代を生きる者としての共感がある。私がピッチニーニの「彼らをあなたの家族に迎え入れられますか」という問いに、戸惑いつつも深く共振したのはそのためだろう。実のところ、そんな共感にこそ、未来への希望が秘められているような気がしてならないのだ。
 会場をふた回りして帰るとき、展示室の隅に直立していた警備員に「どう思われますか」と声をかけた。すると、実直そうなその人は口びるを歪め、「私にはちょっとよくわかりませんね」と苦笑いした。私も鈍く笑った。

(産経新聞大阪版2004/1/14掲載)

We are family展は2004/2/1まで、東京都品川区北品川の原美術館(03-3445-0651)で開催
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

パトリシア・ピッチニーニの公式HP
http://www.patriciapiccinini.net/

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