こわかった。「ぴあ」の映画紹介欄を読んだだけの前情報しかなかった私には物語がこんなふうに展開していくとはまったく予想外だった。渋谷ユーロスペースで公開中の映画、チェコの監督ヤン・シュヴァンクマイエルの『オテサーネク 妄想の子供』である。
主人公は不妊治療を受けている夫婦。何度も何度も治療にトライしてみたがなかなか妊娠に至らない。ふさぎこむ妻を見かねて、夫が木の切り株を赤ちゃんに仕立てて妻にプレゼントする。喜ぶ妻は切り株を本当の子供のように愛情をもって育て始める。するといつしか切り株に生命が宿り、妻のおっぱいからミルクを飲み始めた。成長し、パンを食べ、さらに食欲が増し、成長し、ついには生肉のかたまりまで要求するようになる。そして夫婦の住むアパートでは夫婦の飼っていた猫が消え、人が一人消え、二人消え、そして……。
不妊の夫婦をとりまく世間の関心に国境はないらしい。今回はどうだったの? あら、まただめだったの、残念だわ、でもまた頑張ってね、アパートの住人のおせっかいの声。毎月大きさの異なるクッションをお腹に入れて妊娠を装う妻。妻を気づかい正気を保とうとするが、いつしか妻以上に狂っていく夫。アパート一冷静で残酷な観察者は小学校に通う少女。その少女の視点で物語が進行していく。
チェコの子供向けの童話「オテサーネク」を題材にしたというこの映画は、一言でいってしまえば自然を脅かす科学技術を手にした現代社会への罪科を描いたものだ。フランケンシュタイン型ホラーともいえるかもしれない。水槽から赤ん坊を網ですくい新聞紙にくるんで売る場面などはハクスレーの小説『すばらしい新世界』を思わせるもので、このシーンを見た瞬間にその後の恐ろしい展開がある程度想像できる人もいるだろう。
ただ、これをたんに自然対現代科学技術という対比の構図におしこめるのではつまらない。チェコの平均的な夫婦とアパートの住人の凡庸な日常生活を描いた物語はすでにどこでもある普遍的な現実である。子供ができない夫婦が子供を欲することをエゴとみなし、そのエゴを極度に追いつめてみたらこんな地獄が現れた、そんな地獄の風景といっていいだろう。そして、地獄とはどこか遠くの研究所にあるのではなく、ひたひたと日常に浸透し、いつのまにか人間の心をじわじわと巣くっていくものこそをいうのである。
LNETサイトに来てくださった方には是非見ていただきたいが……不妊治療を受けているカップルにはかなりつらいかもしれない。
『オテサーネク 妄想の子供』ホームページ
http://plaza19.mbn.or.jp/~rencom/otesanek/Otesanek.htm