Iさんの質問に最相が回答したあとで、LNET情報サポーターの堂囿俊彦さんより、アメリカで似たケースについて過去に判例があるとの情報をいただきました。「デイヴィス対ディヴィス事件」と呼ばれるものです。概要は以下のとおりです。
「アメリカでは、離婚に際して、凍結保存してある夫妻の精子と卵による胚の処分をめぐって争いが起きている。デイヴィス対ディヴィス事件である。妻は、子宮に戻して産みたいというのに対し、夫は離婚するのだから子はいらないという。
第1審は、胚に産まれる機会を保証することが子の最善の利益にかなうとして、妻に暫定的監護権を認めた。しかし、控訴審は、夫妻で共同決定すべきであるとして事件を差し戻した。それに対して上訴を受けた最高裁は、夫妻共に生殖に関する自己決定権をもつことを認めた上で、両者の利益考量によって決定すべきであるとして夫の主張を認めた。」(石井美智子『人工生殖の法律学』有斐閣, 1994年, 49頁)
「デイヴィス対ディヴィス事件」には、ヒト胚の身分をどのように考えるのか、性の自己決定権をどのように考えるのか、といったきわめて重要な問題が含まれている、と堂囿さん。
裁判の流れとしては、第一審では、胚を人と認めることで、子供の最善の利益という観点から母体への移植を認めましたが、最高裁では、胚=人の観点が否定され、両親の(性の)自己決定権が尊重されましたが、以下に、もう少し詳しく、裁判の経過・論点を示していただくことにしましょう。
堂囿俊彦(編/最相葉月)