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LNET倫理委員会/第1回「離婚後の凍結受精卵の行方」
最終更新日 2003.04.11





3.LNET情報サポーターの堂囿俊彦さんより
〜「デイヴィス対ディヴィス事件」裁判に至るまで 2003.3.31受信

 メアリー・スー・ディヴィスとジュニア・ルイス・ディヴィスは1980年に結婚。まもなくメアリーは妊娠するが、不幸なことに激しい苦痛に襲われる卵管妊娠であり、彼女は右の卵管の摘出手術を受けた。その後も卵管妊娠が続き、5回目の卵管妊娠の後、彼女は左の卵管を縛ることを決めた。こうして自然妊娠の可能性を閉ざされたディヴィス夫妻は、養子をとることも試みたが、すべて失敗に終わり(1)、体外受精をもちいた妊娠・出産は、夫妻にとって彼ら自身の子供をもうけるための唯一の方法となった。

 1985年の秋にディヴィス夫妻は、東テネシー不妊センターのアーヴィン・レイ・キング医師を中心としたチームのもとで体外受精による不妊治療を始めた。計6回の試みがなされたが、結果として成功には至らなかった。(一連の試みにおいて凍結技術は用いられていない。センターでこの技術をもちいた不妊治療が始められたのは1988年11月。)この時点で夫妻は不妊治療を一時的に中止することを決断し、再び養子をとろうと試みたが失敗に終わる。中止の理由は明らかではないが、採卵時の精神的・身体的負担が大きかったこと(2)、治療代が高額だったこと(3)などが挙げられるだろう。

 1988年の秋に夫妻は、キング医師のもとで二度目の不妊治療を受け始める。

(4) 同年12月8日、9個の卵子を採取することに成功し、それらはすべて体外受精を経て母胎移植可能な状態(4から8細胞の時期)にまで体外培養された。12月10日にそれらのうちの2個がメアリーの母体に移植され、残り7個の受精胚は低温保存された。そのさい医師と夫妻とのあいだで、離婚、夫妻どちらかの死亡といった偶発的な出来事が起きた場合、凍結胚をどうするのかに関する話し合いは一切行われなかった。

 移植された受精胚は着床には至らなかったが、次の移植(5) が行われるよりも前の1989年2月、夫のジュニアが離婚を申請した。夫は、自分たちの結婚が一年あるいはそれ以上のあいだそれほど安定したものではないと考えていたが、これに対して妻はそうした問題にまったく気づかなかったという。そしてこの離婚手続きの唯一の問題点が、凍結胚の処遇であった。

(1)ただし養子をとる試みは、第一審での事実認定およびジュニア・ディヴィスの証言によれば、一度目の体外受精の試みの後になっている。Davis v. Davis, No. E-14496, 1989 WL 140495, at 2098, 2108 (Tenn. Cir. Ct. Sept. 21, 1989), rev’d, No. 180, 1990 WL 130807 (Tenn. Ct. App. Sept. 13, 1990), aff’d, 842 S.W.2d 588 (Tenn. 1992)

(2)「彼女は、体外受精に備えて卵子を採取するために自らの生殖器官を調整しなければならなかったが、そのために受けた数多くの注射に関して多くの証言をしている。そして彼女は、この〔一回目の不妊治療〕プログラムを受けるために自らが耐えた、苦痛に満ち、身体的に疲労し、感情的・精神的負担の多い試練を強調した。」Davis v. Davis, No. E-14496, 1989 WL 140495, at 2110 (Tenn. Cir. Ct. Sept. 21, 1989), rev’d, No. 180, 1990 WL 130807 (Tenn. Ct. App. Sept. 13, 1990), aff’d, 842 S.W.2d 588 (Tenn. 1992)

(3)夫の年収は約17,500ドル、妻の年収は18,000ドル。Davis v. Davis, No. E-14496, 1989 WL 140495, at 2098 (Tenn. Cir. Ct. Sept. 21, 1989), rev’d, No. 180, 1990 WL 130807 (Tenn. Ct. App. Sept. 13, 1990), aff’d, 842 S.W.2d 588 (Tenn. 1992) そして一度目の治療では、夫妻の年収にあたる35,000ドルが費やされている。842 S.W.2d 588, at 591 (Tenn. 1992)

(4)なぜ二度目の不妊治療を始めたのかは、第一審と最高裁との事実認定が異なるために明らかではない。一審では、二回目の不妊治療を受け始める直前に、メアリーが凍結技術について知ったことがきっかけとされている。Davis v. Davis, No. E-14496, 1989 WL 140495, at 2098 (Tenn. Cir. Ct. Sept. 21, 1989), rev’d, No. 180, 1990 WL 130807 (Tenn. Ct. App. Sept. 13, 1990), aff’d, 842 S.W.2d 588 (Tenn. 1992) これに対し最高裁では、「ディヴィス夫妻は、その〔6回の不妊治療が失敗に終わった〕時点で、自分たちが治療を受けているセンターにおいて凍結保存を受けられる体制が整うまで、次回の体外受精を延期することを決めた。この体制は1988年11月に完成が予定されていた」とされ、凍結保存をもちいた不妊治療体制の完成がきっかけとされている。842 S.W.2d 588, at 592 (Tenn. 1992)

(5)メアリーは第一審で、夫妻は「一つの凍結保存胚を1989年の3月か4月に移植することを仮の計画としていた」と証言している。Davis v. Davis, No. E-14496, 1989 WL 140495, at 2110 (Tenn. Cir. Ct. Sept. 21, 1989), rev’d, No. 180, 1990 WL 130807 (Tenn. Ct. App. Sept. 13, 1990), aff’d, 842 S.W.2d 588 (Tenn. 1992)

堂囿俊彦(編/最相葉月)



2003.04.11



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