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LNET倫理委員会/第1回「離婚後の凍結受精卵の行方」
最終更新日 2003.04.11





6.LNET情報サポーターの堂囿俊彦さんより〜
「デイヴィス対ディヴィス事件」最高裁 2003.4.2受信

 控訴審の判決を不服としたメアリーは、テネシー州最高裁判所に上訴した。結果として最高裁は控訴審と同じく、メアリーの訴えを認めなかった。しかしこの結論に至るまでの道のりは少々異なる。以下、ふたたび、前胚と胚、胚と人との区分に関連づけながら見ていこう。

 まず前者の区分について、最高裁はアメリカ不妊学会の報告書(23)を引用し、これを受け容れる。すなわち8細胞期までは、それら各々の細胞が「完全な個体へと成長する潜在性をもっている」かぎりで、「一人の人格が発展してゆく唯一性はいまだ確立されていない」が、32割球になると、もはやそうした能力を失い、「多くの細胞をもつ一つの存在」となる。さらに分割が進むと、内層および外層からなる胚盤胞になる。そしてこのころ卵管から子宮へと移動し、とくに外層のほうは、子宮壁と相互作用し、そこに定着するさいに、劇的に変化しているのである。「それゆえに、新たな世代の最初の細胞分化は、胚自体〔前胚〕の成立というよりも、母親との生理的な相互作用にかかわるのである。」さらに胚と人との区分については、控訴審の判決文をそのまま引用することで済ませている。

 しかし控訴審は、一つだけ不十分な点を残した。というのも控訴審は、メアリーとジュニアに共同管理権 (joint custody) を与えることで、あたかも前胚が〔所有〕物 (property) であるかのような印象を与えたからである。しかし最高裁はこれには同意せず、結果として次のような身分を前胚に認める。

 ----われわれの結論はこうである。前胚は、厳密に言えば「人格」でも「〔所有〕物」でもなく、人の生に対する潜在性をもつがゆえに、これを特別な尊重に値するものとする中間的なカテゴリーを占める。そしてここから次のことが帰結する。この場合にメアリー・スー・ディヴィスおよびジュニア・ディヴィスが前胚に対してもつ利益はどんなものであれ、真の意味での〔所有〕物にかんする利益ではない。にもかかわらず実際のところ彼らは、前胚の処遇にかんして決定権をもつ以上、所有権の性質をおびた利益を、法によって定められた手段の範囲内においてもつのである。(24)

 そこで問題は、どのようなかたちで前胚の処遇にかんする決定がなされるかである。体外受精を受ける前の夫婦の同意があれば有効と見なされるが、今回の場合にそうした同意はなかった。(言外の同意 implied contract は、これを示唆する証拠がまったく見られないことから認められなかった。)そこでここでは、メアリーが訴える「産む権利」(the right to procreate) とジュニアが訴える「産むことを回避する権利」(the right to avoid procreation) ──これら両者は生殖の自己決定権の二側面である──とを、より具体的に言えば、各々の権利が認められないことでもたらされる被害を比較考量するという手段がとられたのである。

 ジュニアのいう「産むことを回避する権利」を拒絶することでもたらされるのは、「彼に、不本意な親子関係を、そこから起こりうるあらゆる財政上および心理上の帰結ともども課する」(25)ということである。とくにここではジュニアの個人的経験、すなわち両親が離婚し、教会付きの孤児院で育てられたという経験が重要視され、次のように述べられている。

「彼が懸念しているのは、そのような〔保護権をもたない親がいるという〕状況が彼に課する負担はもちろんのこと、そうした状況にいる子供が直面すると思われる障害である。同じように彼は、〔凍結胚の〕提供にも反対している。なぜなら提供してもらったカップルが離婚し、その子供…を片親の状況に放置するかもしれないからである。」(26)

 これに対して、メアリーのいう「産む権利」を拒絶することが彼女に課するのは、「長期にわたる体外受精の治療は無益であったということ、彼女が遺伝上の素材を提供した前胚は決して子供にはならないだろうということ、これらを知るという負担」(27)である。

 これら二つの損害を比較した結果、法廷はジュニアの被害の方が大きいと判断する。

 かりに彼女〔メアリー〕がこれらの前胚の提供を認められるとすれば、彼〔ジュニア〕は、自らの親としての身分についてあれこれ考えたり、自らの親の身分について知りながらも、これをいっさいコントロールできないという人生に直面することになる。彼はきわめて明確に次のように証言している。もしこれらの前胚が産まれることになれば、彼は自らの子供あるいは子供たちの保護監督権をめぐって争うつもりだと。胚を提供することは、かりに子供がそこから生まれれば、二重の意味で彼を侵害することになる。つまり彼の生殖の自己決定はうち砕かれるであろうし、彼と子供との関係は阻害されるであろう。(28)

 そして最後に次のように付け加えている。もしメアリーが自ら出産することを望んでいるのであれば、この比較考量はもっと難しいものになったかもしれないが、それは「他の合理的な手段」、つまりもう一度体外受精を試みるとか、養子をとるといった手段を用いることができない場合に限られるのである。

(23)Report on Ethical Consideration of the New Reproductive Technologies, p. 31f.

(24)842 S.W.2d 588, at 597 (Tenn. 1992)

(25)842 S.W.2d 588, at 603 (Tenn. 1992)

(26)842 S.W.2d 588, at 604 (Tenn. 1992)

(27)Id.

(28)Id.

 以上が、堂囿俊彦さんより送られてきた「デイヴィス対ディヴィス裁判」の概要です。

 結局、両者の自己決定権を認めて、相互の利益の比較考量を行ったわけですが、胚を物のように扱わないために、所有権ではなく「所有権の性質を帯びた利益」と表現しているところが、なんとももどかしい限りです。  この判例にもとづけば、Iさんのケースも結局は廃棄という運命をたどることになりそうです。ただし、この裁判については300本を超える判例批評があるそうなので、今後の議論に応じてまた紹介していただくことにしたいと思います。

堂囿俊彦(編/最相葉月)



2003.04.11



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