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最相葉月の「なんでやねん日記」
最終更新日 2003.08.12

2003年8月12日(火)――その42
1、2年で反故になる議論ならやめてしまえ

ようやく夏らしくなったと思ったら、もう残暑です。先日ねぶた祭が始まった青森で仕事があったのですが、青森ではねぶたが終わると秋ですから、少しでも夏を味わえる東京の人間は幸せなのでしょうね。そんなときに、暑苦しい長文ですが、大事なことなので少々がまんしてください。

2003年8月1日、総合科学技術会議第23回生命倫理専門調査会が行われました。第22回が4月24日でしたので4か月ぶりの開催となります。

今回の主題は「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(施行平成13年12月5日http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/seimei/index.htm)の付則に記された「政府はこの法律の施行後3年以内にヒト受精胚の生命の萌芽としての取り扱いのあり方に関する総合科学技術会議等の検討の結果をふまえ、この法律の施行の状況、クローン技術等を取り巻く状況の変化等を勘案し、この法律の規定に検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」にある、「ヒト胚の取り扱いに関する基本的考え方」を議論することでした。

なんだかなあ、と思う方もおられるでしょう。簡単にいえば、日本がこれから科学技術政策を策定するにおいて人間の受精卵や胚の価値をどのように考えるか、を国の基本政策にしていくための議論です。

この日は、位田隆一委員より提出された素案をもとに議論が行われました。前回の開催から4か月も時間があいたのは、位田委員を中心とするワーキンググループがこれまでの委員会の議論や有識者11人、事務局が行った50人のヒアリングをふまえた上での素案づくりを行っていたためです。素案の目次は次のようになっています。

一.はじめに  p1〜
 1.総合科学技術会議がヒト胚を検討することになった直接の背景
 2.報告書の目的
 3.報告書の取り扱う範囲
二.ヒトの胚をめぐる状況
 1.国際的状況         p3〜
   a.歴史的経過  欧州概括、英国、独国、仏国、米国
   b.主要国の現状 英国、独国、仏国、米国、その他
 2.わが国の状況        p9〜
   a.歴史的経過
   b.各省庁における取扱い
   c.これまでの関連する議論 
        人クローン胚研究
      ヒト胚性幹細胞研究
      ヒト胚の研究利用
      生殖補助医療における胚の取扱い
      精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療

第1部 ヒト受精胚
三.ヒト受精胚に関するさまざまな側面  p15〜
四.ヒト受精胚の倫理的位置付け     p18〜
五.ヒト受精胚の具体的な取り扱いに関する倫理的考察と判断  p23〜

第2部 特定胚
六.特定胚の種類とその性質          p29〜
七.特定胚の作成・利用に関する科学的必要性  p32〜
八.特定胚の作成・利用に関する倫理的考察と判断p34〜

むすび  p40(空欄)
用語解説
  
以上、40ページの報告書のうちの前半三分の一までが国際的状況や国内の検討経過について割かれ、本題の第1部と第2部の中の最も重要な部分である「倫理的考察と判断」はヒト受精胚で6ページ、特定胚で6ページの計12ページです。さまざまな前提状況を知るための資料にはなるでしょうが、最も考察を深めるべき部分がどうみても薄っぺらな印象であるのは否めません。

内容については後述するとして、しょっぱなから不可解なことが起こりました。この素案は事前に全委員に配布され個人的な意見がある場合は委員が意見書を事務局に提出することになっているのですが、今回提出された島薗委員、高久委員、西川委員の3人の意見書は版権の問題があるからという理由で傍聴者に配布されなかったのです。高久、西川両委員は当日出席、島薗委員はやむをえない事情により欠席されましたので、結局、島薗委員の意見書だけが本人の承諾が得られない版権の問題があるという理由で公開されなかったわけです。後日、LNETサポーターでもある島薗委員に確認したところ、これまでの委員会では欠席された委員の意見は必ず配布されていましたので、当然配られているものと思われていたようです。ちなみに、島薗委員はこの報告書に反対の意を示され、高久委員、西川委員はヒト胚研究推進派です。

この日の議論をどう考えればいいのか私自身しばらく悩んでおりました。というのも、ヒトES細胞を用いた研究が解禁される指針の議論を行っていた科学技術会議生命倫理委員会ヒト胚研究小委員会が出した報告書「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方(平成12年3月6日)」で示された考え方がリセットされる可能性があるかもしれないということ、そして、議論の方向性が人間のクローン胚を作成することを認めるかどうかという点に集約されていくように感じたためです。たしかに、すでにES細胞研究が解禁されているのですから、この先、拒絶反応のない組織細胞づくりや臨床応用にいたるためにはクローン胚作成が必要といわれています。しかし、クローン胚とは子宮に戻せば人になる可能性があるヒト胚です。

日本の場合、この点、議論の参考になるのが、ES細胞研究指針のときに出された「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」なのですが(というか、これしかない)、これが今回の素案では表面的にしか採り上げられておらず、井村裕夫委員長も「過去の報告書は非常に努力されてつくられたもので尊重するが、科学の世界は激しく変わる。過去に決めたから守らないといけないことはない。今、ヒト胚について議論しているのはそのため。研究目的なら認められるだろう。過去は絶対ではない」と述べたのです。過去といっても平成12年であり、日本でES細胞が樹立されたのは今春で、まだ始まったばかりです。たった1〜2年で反故となるような考え方を日本を代表する委員の方々は議論していたのでしょうか。「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」の根本理念は、「細い道を渡っていく」ことでした。ES細胞は不妊治療に苦しんだご夫婦から受精卵をいただき、また破壊しなければならないという苦しみの伴うものですが、そこに、やはり病に苦しむ人を助けるための医学的可能性があるのであれば、厳しい規制と審査の基準を設けることによって、細く小さな道筋は開けておきましょうという苦渋の判断があったということです。

それに、この1〜2年でその判断を方向転換しなければならないほど科学は進歩したのでしょうか。再生医療に有用といわれているヒトES細胞研究は、造血幹細胞をつくる研究のように医学的なメリットをいわれているものもありますが(今年1月にGeron社が特許を取得、6月に大量培養法に成功)、ほかはまだマウスでも実験段階で、誇大広告すぎたという反省を最近よく耳にします。しかも、大事なことは、ES細胞研究の議論では、あくまでもすでに廃棄が決まっているヒト胚を使っていいかどうか、という点がポイントとなっており、実験研究目的に生命の萌芽であるヒト胚をつくってもいいかどうかという点は検討されませんでした。だからこそ、生命倫理専門調査会にヒト胚の地位をどう考えるかという議論が託されたわけです。

しかし、23回目の委員会にしてこのアメリカやイギリスの文書をなぞったような、日本の主体性、文化も風土も歴史も価値観もなんら感じられない状態かと思うと、いったいこの国は、全国の名だたる大学や病院や研究機関や新聞社の著名な委員を集めてこの長い期間何していたんだろうと首をかしげたくなります。生命倫理専門調査会はこれから新たな医療世界に進むための産みの苦しみを認識しているのか、と呆然とします。ヒトクローン胚研究をやりたいと述べる推進派委員の方々は委員長を含めて医学関係者が多いのですが、医学目的といいつつ、彼らに、なんとしてでもこの研究によって患者さんを助けたいのだという切実さ、深刻さが感じられないのはなぜでしょうか。

ちなみに、国際的な遅れを危惧する声があるようですが、世界でいち早くヒトES細胞研究とヒトクローン胚作成(therapeutic cloning)を認めた英国にしてもそれほど深い考慮があったわけではありません。脳細胞分化研究で有名なロンドン大学のMartin Raff教授は、その背景に大きく3つの要因があると率直なところを述べてくれました。第1に、IVFでの胚の研究利用を認めるのであれば、同じように胚を破壊する研究を否定できないとする考え方があること、第2に、激しい動物実験反対運動があること、第3が、IVF関連政策に対して強い政治力をもち、ES研究やtherapeutic cloningを強く推進しているLord Robert Winstonという議員のロビー活動、です。実に英国らしいプラグマティックな理由です。生殖補助医療からクローン研究まで、人間の胚研究を管理するHFE庁という基盤があるからできたことでもあります。

総合科学技術会議生命倫理専門調査会
議事録・委員名簿もあります
http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/lmain.html

2003.08.12 最相葉月(プロフィール)



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