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最相葉月の「なんでやねん日記」
最終更新日 2004.03.23

2004年3月23日(火)――その61
科学的検証だけでなく

報告が遅くなりましたが、2004年3月15日に、第28回総合科学技術会議生命倫理専門調査会が行われました。前任者の井村裕夫前会長のあとを引き継いだのは、国際政治学者の薬師寺泰蔵会長(総合科学技術会議議員・慶応義塾大学客員教授)で、今回はその再開第1回目です。前半は、2月末締め切りで募集された「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」中間報告書に対するパブリックコメントの結果、そして、今後の議論の方向性について検討が行われ、後半は会長が「産婦人科医の藤本征一郎委員の紹介を受け、私の責任において招いた」という東邦大学産婦人科の久保春海教授による、生殖補助医療の現状説明でした。

薬師寺会長は会長就任にあたり、過去の議論や資料を勉強したといい、「これまでの議論では、やはり、医療や研究の現状についての確認が足りないと感じました」と発言しました。今後は科学者のヒアリングや委員個別の意見を聞くことに力を入れたいようです。しかし、クローン法付則に記された検討期間は義務として守らなければならず、「決めるときはきちんとした決意で明記する、そうでなければそれなりの理由を明記しなければならないし、駄目なら腹を切る覚悟でやらせていただきたい」と述べました。

これまで決定的に欠けていた、ヒト胚を用いる再生医療研究の実態を調査し、科学的根拠を検証すると確認したのは一定の評価ができると思います。が、逆にそこばかりを強調すれば、それが科学的にクリアされればよい、という条件を与えることになりかねません。科学的に可能であれば受け入れてよいのか。生命科学技術が突きつけている最も重要な問いはなんら解決されないことになります。

しかも、この日後半の産婦人科医・久保春海教授の講義(不妊治療から再生医療へ)には首を傾げざるをえませんでした。この調査会委員であれば当然理解していなければならない体外受精の説明が繰り返されたのが、ひとえに事情をよくご存じない新任の薬師寺会長のためだったことはわかるとしても、まず、生殖補助医療が当然のように再生医療の前提にあるという出発点がおかしい。それならばなおさら、女性の子宮から卵子を採取することの実態を詳しく説明しなければならないはずですが、これが現在標準となっている経膣超音波下卵胞吸引による卵子採取法を挙げ、局所麻酔がなくても容易で安全、重篤な副作用、合併症は稀だと発表されました。

うーん、本当かなあ? この調査会で最も重視されなければならない採卵の実態が軽んじられているような気がしました。排卵誘発剤の副作用の話もありません。ある委員から、採卵時の女性の負担について聞かれた久保先生は、「私は採卵されたことがないのでわからないが、膣壁や腹膜に針があたると痛む場合があるため、神経質な女性にはガス麻酔をすることもある」と回答しています。(私はここで絶句。自分がされたことがないのでわからない、などといっていて医者がつとまるのものなのでしょうか? 福本英子著『生物医学の時代の生と死』によれば、東邦大学は1977年から体外受精を積極的に推進してきた大学の一つで、久保先生は当時からその若手のエースだったそうです)

しかし、聖路加病院産婦人科部長・生殖医療センター長の佐藤孝道先生が『出生前診断』(有斐閣選書)でお書きになられているように、クロミッドを初めとする排卵誘発剤は人によっては卵巣の腫れや腹水や胸水がたまる副作用があり、場合によっては重い脳障害、死に至るケースもある、女性への侵襲性は依然として大きいというものです(裁判では患者がいずれも勝訴)。この本は1999年出版ですので、以後、状況が変わって画期的な排卵誘発剤や採卵方法が開発されたのでしょうか。

念のため、佐藤先生に確認してみました。すると、病院に紹介されてくる重症の卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の患者数が減っているので、確かに発生頻度は減少してきていると思う、のことでした。しかし、佐藤先生は、発生頻度の減少=副作用の減少とは考えず、「患者も医師もOHSSに敏感になり、ゴナドトロピンの投与量を減らす、OHSSになりそうな場合は採卵そのものをキャンセルしてしまう、受精卵を全部凍結してしまう、自然排卵周期での採卵に変更するなどで対応しているためではないか」「OHSSを予防する画期的な方法がわが国だけに導入されているなんてハッピーな事実がないことは確実です」と分析されています。いったい久保先生の説明はなんだったんでしょうか。

しかし、こればかり突き詰めていくと、では採卵の副作用がなくなればよいのかという話になってしまいます。奇しくも、久保先生はこの日、「研究用には最初からその旨の説明を行い、新たに採卵すべきではないか」と驚くべき見解を披露されましたが、容易に副作用なく採卵できるようになれば、研究用は研究用にという卵子提供が始まるかもしれないのです。前回この欄に書いたように、やむなく卵子を差し出すような女性たちがすでにいるのですから。

やはり、科学的検証は十分行いつつも、同時に進めていかねばならないのが倫理的判断と国際的協調です。さもなくば、私たちは100年後の子孫に恥ずかしい負の遺産を残すことになってしまいます。

参考文献
なお、2003年10月18日発行BMJ誌327号Guy's and St Thomas's School of Medicine のPeter Braude とPaula Rowellによる"Assisted conception.V Problems with assisted conception"という生殖補助医療の現状と問題点(排卵誘発剤の副作用、子宮外妊娠、多胎、過剰排卵、精子凍結保存、治療の停止時期)についての論文によれば、生殖補助医療の先進国であるイギリスでも、従来の方法と比較して何か大きな技術的な展開があったわけではないようです。

2004.03.23 最相葉月(プロフィール)



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