「行ってきましたよ。死体の展覧会」
先日近所の美容院に行ったとき、私をいつも担当してくれている女の子が神妙な顔をして言いました。東京国際フォーラムで開催されている人体の不思議展のことです。
「どうたった?」と感想を聞くと、「おもしろかったです。へえ、こんなふうになってるのかって。はじめは人形みたいだと思ったんですけど、爪とか見て、あ、やっぱり本物なんだって」
彼女は数年前まで看護士として働いていて、もともと人体にはとても興味のある子だったので、それは予想通りのリアクションでした。私はさらに訊ねました。
「じゃあ、あの人たちは、いったいだれだと思う?」
「え、だれですか」
「中国人だよ」
「え、中国人なんですか。日本人はいないんですか」
「医学用に献体されたもので、大半が身よりのない人か囚人だよ」
「え、そうなんですか。家族とかの了承を得てではないんですか?」
「プラスティネーションっていう加工技術ができる前の献体だから、当然本人同意はないし、遺族の同意なんかまずないよ。日本に運んで一般向けに展示するなんてことまで、ましてやあんなふうに触られることまで承諾得てるわけないよ」
「え、それっていいんですか」
「全然よくないと私は思ってる。でも、主催側の人たちはそうは思わないんだね。去年そのことはもう取材して雑誌に書いたんだけどね」
「そうなんですか」
「ねえ、爪先から頭までぶつ切りになった人や全身の皮がびらんびらん垂れ下がった人もいたでしょう。あれがもし自分の家族だったらどう思う?」
「ああ……、そんなふうに考えてなかったです、はあ」と声が小さくなる彼女。
そして、今日。2003年10月4日付朝日新聞朝刊第3社会面「日本の標本展に中国人らが反発 中国から献体 死者への侮辱」の記事を読み、絶句しました。私は昨年の今頃のなんでやねん日記にこんなことを書いています。
https://lnet.unou.net/sapo/sais/sais024.html
昨年、大阪会場での人体展を見た私は、大阪市立大学の土屋貴志氏の協力を得て上に言及した雑誌(サンデー毎日)の記事を書いたとき、事務局の安宅克洋氏から、承諾書は献体であり、確かに今回のような展示を想定したものではないことは確認し記事化しています。にもかかわらず、人体展はその後も地方を回り、このたび東京展が大々的な広告展開をして開催されました。昨年、私の取材に「中国は死刑囚を使うなど正体がわからないものが多いから賛成しないといった。標本は見ていないし会場にも行っていない」と言っていた総監修(印刷物にはそうあったのだが、本人は総監修ではないと否定)の養老孟司氏も、東京展で引き続き監修者としてメッセージを寄せています。医学界要人も引き続き監修者として名を連ね、日本医師会や日本赤十字社も引き続き後援しています。
ということは、昨年指摘した点が少しは改善されているものと善意に解釈していたのですが、今朝の記事によりますと、どうも甘かったようです。昨年、サンデー毎日の掲載誌は主催者にも養老さんにも送付しましたが、まったく意に介されなかったのでしょう。宣伝にうたっている南京大学の協力という一文も、朝日の記事によると、大学側は日本での展示には関与していないといっています。今回の「中国人らが反発」という記事の背景はまだよくわかりませんが、人民日報系や新華社系などの大手サイトで議論されているようですので、今後の動向には注意する必要があります。
しかし、中国人日本人である以前に、これが大きな疑問をはらんでいる展覧会であることはほんの少しの想像力があれば理解できると思います。
なお、上記のサンデー毎日記事は拙著『あのころの未来』(新潮社)に「死体の気持ちになってみろ」として収録されています。