岩波書店の『世界』誌2003年12月号にLNETサポーター島薗進さんの原稿が掲載されました。タイトルは「先端生命科学の倫理をどう論じるか?」とあります。大変控え目な題名になっていますが、内容は総合科学技術会議生命倫理専門調査会の現状への強い内部批判です。島薗さんは生命倫理専門調査会委員の一人として、「ヒト胚の取り扱いに関する基本的考え方」の報告書作りの議論に参加されてきましたが、その当事者がご自身のおられる調査会を批判するというのは明らかに非常事態です。
生命倫理専門調査会でいったい何が起こっているのでしょうか? 詳しくは島薗さんの原稿をお読みいただきたいのですが、主たるポイントは以下のとおりでしょう。
1.省庁再編後、総合科学技術会議発足後に設置された生命倫理専門調査会。日本の生命倫理審議の最高機関として、この調査会で、2001年春より人間の胚を研究利用することについての議論が開始された。
2.2003年秋にまとめられ、パブリックコメントに付されようとしている「ヒト胚の取り扱いに関する基本的考え方」の素案が23回の議論を経て2003年8月に提示された。
3.「人の生命の萌芽」である胚(受精胚、クローン胚)の研究を容認するための論拠が「再生医療が約束する多くの治療効果をあげるという価値のためなら、クローン胚を作成・利用することは今、またはやがて許される」ということになっている。多くの病気が治る、有用性があるということだけで研究を容認してもよいのか? 人の生命の萌芽を犠牲にしてよいのか? また、その科学的な検証が十分深まっているといえるのか?
4.素案では、人の生命と人の生命の萌芽がどう異なるのかが明確ではない。胚が、十全な人でもなく、モノでもないのであれば、それがどのような意味でそうなのかが論じられなければならない。
5.総合科学技術会議は内閣総理大臣のリーダーシップのもとにあり、省庁縦割りの弊害を廃して、重要な科学技術施策が実現されるよう運営するものとされているが、科学技術の推進と制御が、現政権と密着しているのは妥当か。経済政策との連携が緊密になるのは好ましいことなのか。
6.先端医療研究の推進と産業的効果拡充の担い手である中心人物が、生命倫理専門調査会の委員長であるのは公平なのか。
7.総合科学技術会議を事務的にサポートするシステムの薄さ。審議の質も、科学技術会議時代より低下した。
そして、「脳死・臓器移植をめぐる生命倫理問題をあれだけ真剣に論じた国が、経済利益が関わる別の(重要度はもっと高い)生命倫理問題となると、かくも冷淡であったという事実は歴史に残るだろう」と強い口調で結ばれています。
素案の段階では、研究容認派と慎重派、反対派で意見が対立しているとの報道が新聞各紙でなされていますが
(
http://www.mainichi.co.jp/women/news/200310/29-03.html)、すでに8月1日の本欄で書いたように、対立が深まるほどの中身に踏み込んだ議論がこの二年間でなされたとは私も考えていません。国の生命倫理を審議する場とはどうあるべきなのか、について緊急に検討が必要であることはこれまでもしつこく記してきたとおりです(国会でも)。
島薗さんの記事はその意味でも、日本の生命倫理審議体制の危機、非常事態宣言であると私は認識しています。年末にパブリックコメントに付される中間報告書は、心して読むつもりです。
総合科学技術会議(資料・議事録)
http://www8.cao.go.jp/cstp/
2003年8月12日なんでやねん日記
https://lnet.unou.net/sapo/sais/sais042.html
2001年10月30日なんでやねん日記
https://lnet.unou.net/sapo/sais/sais002.html
クローン技術の人への利用に関する法案に関して、最相が国会参考人陳述した議事録
http://www.shugiin.go.jp/itdb_main.nsf/html/index_kaigiroku.htm
(省庁再編前の「科学技術委員会」をクリック、「第150回国会」で「平成12年11月14日第4号」をさらにクリック)
*つまり、2年前の国会で指摘された人間の胚を研究利用することの問題点や、生命倫理委員会の長としての井村裕夫委員長の適格性について、総合科学技術会議がなんら対応をしてこなかったことが、今回の島薗さんの記事でも批判の根源となっている。
追伸
前回、新聞の科学記事の言葉づかいについて書きましたが、今朝の産経新聞にも驚くべき表現がありました。なんと「クローン人間 製造禁止条約作成2年延期」。製造だなんて、あんた、機械じゃないんだから……。